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六代桂文枝襲名披露公演

2013年3月9日に私は亮介さんとともに刈谷市総合文化センターへ六代桂文枝襲名披露公演を見に行った。あまり満足のいくものではなく、いまでも漠然と不快である。今回のブログでの目的は不快の解消である。そのためには不快への過程を表現すればよい。なので私が考える不快への過程のモデルを提示してそれに具体的な単語をあてはめていくという形をとろうと思う。過程のモデルは「K(加害者)がH(被害者)への侮りやら思い上がりやら見下げやらによりてめえで不快になり、それをうけてHが言い返すことができればHは不快を解消できるが、できなければ不快になる」というものだ。最初に私がHになった時どう不快になったのか述べる。まず演者(K)にとっての不快を『あざとく客を笑わせるのがいけないことだと分かっていながらも窮地にたたされた時についつい「客はどうせあざとさをなんとも思わねえだろうよ」と高を括ってしまいそういう行動に出てしまうこと』とする。ご当地ネタとか楽屋話とかがそれにあたり、それが林家正蔵にとくべつ多かった。それをうけて私(H)にとっての不快の一つ目はその多くの侮りに対して怒ることはおろか無言でいることすらできずに周囲の客につられて愛想笑いをしてしまったことだ。チケット代7000円という大枚を叩いてるぶんなおのこと不快であった。次に私がKになったときについて述べる。私(K’)の不快の二つ目は亮介さん(H’)が当日いきなり彼のチケット代として7000円も請求されたらどんな気持ちになるか考えずその気持ちを軽んじてしまいずるずると支払額を教えることを先延ばしにしてしまったことだ。私(K’’)の不快の三つ目は公演日のまえに一度会おうという約束を亮介さん(H’’)と同年2月9日にてめえの方からしたにも関わらず、なにも言ってこないからといって破ってしまったことだ。以上。